『不自然淘汰:ゲノム編集がもたらす未来』の感想

『不自然淘汰:ゲノム編集がもたらす未来』の番組宣伝ポスター
Unnatural Selection [Credit: Netflix]

この前見た『世界の今をダイジェスト』に影響を受けてか、硬派なドキュメンタリーが見たくなってしまいました。そこで今回白羽の矢を立てたのが『不自然淘汰:ゲノム編集がもたらす未来(Unnatural Selection)』。

実はこのテーマ、『世界の今をダイジェスト』のシーズン1エピソード2の「Designer DNA」とネタ的には被ってるんですよね。実際、CRISPR(クリスパー)と呼ばれる技術を生み出した女性科学者は両方の番組に出てますし。でも、「不自然淘汰」の方は現在進行形の迫力満点の現場をカメラレンズが捉えた作品。4時間にも及ぶ力作です。もうね、視聴し終わった後いろいろなことを考えさせられます。対立軸がいくつもある感じ。

まず、感想の前にちょっとした言葉の説明。ゲノム(genome)というのは遺伝情報のこと。発音はジーノウムだけど。簡単にいえば、全ての生物はこの情報をもとに細胞分裂して、体・機能を作っていく。CRISPRというのは、そのゲノムを編集できる技術のこと。上の番組ポスターがまさにその取替してる場面。

このCRISPRが発表されると、世界の科学者連中は大騒ぎ。原子力以来の大発見と大絶賛。というのも、ゲノムの情報を置き換えたり、他の生物からゲノムをコピペできるようになったからなんです。

実際番組内には、この編集技術を使って犬にホタルのような発光機能を付ける人が出てくるんだけど、これがすごい。この人、大学の先生でもなんでもない市井の犬のブリーダー。そんな人も利用可能な技術なんです。

下記キャプチャは、犬の精子が光ってる様子。

『不自然淘汰』で、犬の精子を光らせることに成功するブリーダー
Unnatural Selection [Credit: Netflix]

もうこれだけでも驚きです。精子が光ってますよ・・・。この崇高な技術をこんなアホなことに応用していいんですか? しかも、これが現在進行形でありとあらゆる生物に応用されようとしている。いや、もうされている(笑) ネスミの排除や、蚊を生殖できないようにしたり・・・。そして、人類にも・・・

この番組はここ1・2年のその超最前線に密着したドキュメンタリー。この技術を適用して良いのか? 適用範囲は? 倫理的な問題は? ゲノム編集された動物が一度野に放たれたが最後、取り返しのつかないことになってしまう。ほらね、見たくなったでしょ?(笑)

単純な対立軸に関しては、『世界の今をダイジェスト』にあったイラストがわかりやすいので、そちらの図を張ってみます。

『世界の今をダイジェスト』で、遺伝子操作技術と倫理的問題のチャート
Explained [Credit:Netflix]

まず、1つ目の対立軸(図では横軸)は、対象範囲がその生物限りか、それともその生物の子孫全てに適用されるのか。遺伝情報をいじるわけだから、子孫へも影響を及ぼせる。例えば、髪が薄い人が禿げないようにゲノム編集して、その人はハゲが治るかも知れない。でも、その人の子供も禿げなくなっていいのかどうか。

そして、もう一つの軸が緊急性。医療として、つまり生命の危機が迫ってるような状況なのか、それともあったら良いな的なものなのか。ハゲの例なんてまさに命に関わるようなものではないわけで、そんなものにまでこの技術適用しちゃっていいのかという視点。

多くの人は左上の領域(緊急+その人のみ)は不承不承許せるけど、右下(改良+子孫まで)は絶対許せないという感じかもしれませんね。

ただし、この「不自然淘汰」は、20分番組なんかには太刀打ちできない問題点をこれでもかと視聴者に投げかけます。

まず、法整備。こういう技術が登場すると、多くの人は法律を整備すればいいと考えるんだよね。自分たちより詳しいその道の専門家が作った法律に従っていれば、最悪のことは起きないだろうと。でも、この法整備というのは結構な曲者なんです。というのも、法でがんじがらめにして利益を得るのは最終的には大手の企業だけ。そして、様々な特許で縛ることで、一般人がゲノム編集の恩恵に預かるには数千万、下手すると億単位のお金が必要になる将来が待っている。つまり、この技術は金持ちだけが得をして、庶民には手の届かなくなる可能性がある。だから、この番組では大手企業だけでなく、ベンチャーやら一般人やらが入り乱れて出てくるんです。ビジネスチャンスってだけでなく、すべての人に数十万円程度で届けたいという願望を持って。

また、このような技術が出てくると、とりあえず様子見する傾向は世界も同じですよね。でも、今この瞬間、病気でもがき苦しんでいる人がいる。そして、この技術で治る可能性がある。アフリカでは、マラリアで1分に一人の子供が死んでいる。この番組1エピソード見てる間に60人が死ぬ・・・。そのリアルな現実を知らない我々がモラルカードを出して、果たして様子見させることができるのか? そもそもそんなことできる立場にいるのか? この番組は突きつけてきます。実際、この番組では、3人の主要な患者を追うことになります。エイズの患者さんと、視力が低下していく子供と、筋力が次第になって指先しか動かせないの不治の病に罹ってる成人男性。おっと、失礼。このゲノム編集技術を使えば不治の病じゃないかもしれないのでした。実際、目が見えない子供の最後はものすごく感動的な作りになってますし、そして他の二人にもすごいことが起こります。

そして、大きな問題がこれ、子孫に影響を与える点です。これがあるので、単なる一国の問題じゃなくなってるんですね。日本でいくらこの技術を法整備して取り締まっても、この地球上でどこかの誰かがこっそり遺伝子編集して子供を残してしまったら、その遺伝子が広がるのを止めるのは不可能なんです。まさか、ゲノム編集された人間は子供をもうけさせない、子供ができたら処分するなんて法律作れませんから。だから、この番組に出てくるゲノム編集支持者達は、隠れてやられるのが一番最悪と主張します。日なたで堂々とやってもらったほうが、却って監視がしやすいと。そんな折、番組最後にすごいニュースが飛び込んできます:中国でゲノム編集したエイズに耐性のある子供が生まれたと・・・。科学者や論理学者、政治家が喧々諤々してる横からこれです(笑)

もうね、JamiroquaiがVirtual Insanityで歌った

now every mother can choose the color of her child

が現実になってることに驚愕。SFの世界の話が現実で起きてしまっている。起きるかもじゃなく、ing形の進行形なんです。もはや誰も止められません。歯止めが効かない。

また、この番組を英語で見ているとplay Godという表現がかなり出てきます。神のように振る舞うという意味。果たして人類はplay Godしているのかというのも重要な視点。実は、人類は長い年月掛けてブリーディングという名のplay Godをもうしてきてるんですよね。それは許されて、ゲノム編集は許されないのか? 犬のチワワなんて野生に戻ったらもう生き残れません。チワワの品種改良という名のplay Godとゲノム編集のplay Godの違いはあるのか? 実際、前述のブリーダー氏は犬を本来の姿に戻そうという動機が出発点みたいです。

最後に、我々のマインドセットが既に大幅に変わっているのも指摘しておきたい点。だって、数千年前の人類を現代に呼び寄せて帝王切開手術してるところをみせたら、彼らはその黒魔術ぶりに我々現代人に恐怖するはずです。神をも恐れぬ所業と。ということは、同様に、人類の子孫にとってゲノム編集なんて普通という未来も考えられるわけですよね。と言っても、今この瞬間を生きてる現代人のことをまず考えるべきってのはありますけど。

というようなことを色々考えさせられる下手なホラー映画よりよほど怖いドキュメンタリーがこの「不自然淘汰」でした。この技術は近い将来ヤバいことになりそうな予感がします。それでは〜


コロナを予言していた?↓