麻雀をどうやって遊ぶのか

誰も同意できなくなったの

スウェイン女史

『フレンズ』のマージャン言及シーン

この記事は、日本でも有名なシットコム『フレンズ』の以下のシーンのセリフを完全に理解する目的で書かれました。

ロスとレイチェルの間に赤ん坊が生まれる予定ですが、子供の名前を巡って二人の間に亀裂が入ります。というのも、ロスが「ルース(Ruth)」を執拗に推し進めるから。最後には、レイチェルが「麻雀牌の音が聞こえる」とピシャリ。観客は大爆笑です。

ロス: Little Ruthie Geller? How cute is that?
レイチェル: Oh, my God, I can practically hear the mahjong tiles.
『フレンズ』で、ロスが生まれてくる子供の名前をルースにしたいのに対しレイチェルは拒否
Friends [Credit: NBC]

他の映画・海外ドラマでの麻雀シーン

詳細に入る前に、他の海外ドラマではどのような麻雀シーンが出てくるのか見てみたいと思います。なお、映画・海外ドラマが好きな人でも、麻雀が登場する場面はほとんど見たことないと思います。それほど麻雀シーンは希少です。

映像の情報は下記の掲示板スレッドを参考にしてます:

Mahjong at the movies? – reachmahjong.com⤴️

スティング

名作映画『スティング』からは冒頭シーン。フッカーが詐欺で稼いだ大金をもってルーサーのところにやってくると、ルーサーとキッドは麻雀をやってる最中。こんなシーンは近年の映画では出てきませんね。画像では分かりづらいですが、麻雀牌が結構薄いです。

映画『スティング』で、麻雀をしてるルーサーとキッドのところにフッカーが分け前をもってやってくる
The Sting[Credit: Universal Pictures]

ブルックリン・ナイン-ナイン

ジェイクと署長がチャイナタウンの麻雀パーラーに潜入調査します。二人は中国系アメリカ人のお相手をします。チャイナタウンなので、これは想定の範囲内ですね。

『ブルックリン・ナイン-ナイン』で、ジェイクと署長はチャイナタウンの麻雀パーラーに潜入調査
Brooklyn Nine-Nine [Credit: Fox]

マーベラス・ミセス・メイゼル

ミッジ一家が夏にユダヤ人達が集まる避暑地に行くと、そこのサロンでは人々が麻雀をして遊んでいます。格好もそれっぽい。

『マーベラス・ミセス・メイゼル』で、避暑地でユダヤ人女性が麻雀をして遊ぶ
The Marvelous Mrs. Maisel [Credit: Amazon Prime Video]

となりのサインフェルド

ジョージ(後ろで雑誌読んでいる)の母親が友達と麻雀をしてるシーン。役を上がる時に「Mah-jong!」と声を上げます。

Mah-jong!
『となりのサインフェルド』で、ジョージの母が麻雀をする
Seinfeld [Credit: NBC]

モダン・ファミリー

キャメロンが避暑地を訪れると、そこに居た引退した女性グループに気に入れられ、一緒に麻雀をする羽目に。手元に役の書いた紙を置いて参考にして遊んでいます。

『モダン・ファミリー』で、キャメロンは女性グループと麻雀をする
Modern Family [Credit: ABC]

一見すると繋がりは全く分かりませんが、実はこれらの描写の裏には、アメリカでの麻雀史の秘密が隠されているんですね。以下、それを紐解いていきましょう。

アメリカ麻雀史

出典

この記事は、以下の2つの偉大な記事に負っています:

麻雀渡米

起業家やアメリカ人旅行客が麻雀をアメリカにもたらし、1920年代初頭に山火事のごとく広まっていった。

Entrepreneurs and American tourists brought the game to the United States, where it spread like wildfire in the early 1920s.
Stanford University

麻雀は1920年代初期にアメリカに渡って行ったみたい。様々な人がそれに貢献したんだけど、その中で重要な役割を演じたのがジョセフ・パーク・バブコック(Joseph P. Babcock)なる人物。この人は当時アメリカの石油会社で働いていたけど、中国は蘇州市へと転勤になる。そこで、ゲーム「麻雀」と出会うんだ。

スタンダード・オイル社従業員のジョセフ・パーク・バブコックは、伝説によれば、長江の船の上で麻雀に出会う。彼は牌に数字や西洋の文字を追加し、アメリカへ輸出し始めた。

Joseph P. Babcock, a Standard Oil employee who, according to legend, first encountered the game on a ship on the Yangtze River. He added Arabic numerals and Western letters, and began exporting his sets to the United States.
The Seattle Times

according to legend(伝説によれば)とはちょっと大仰な気もするけど、彼は麻雀のルールをアメリカ人向けに簡易化しルールブックを作り、なんと「Mah-Jongg」と言う名前の登録商標まで取ったんだってさ。なお、現在英語では「mahjong」が通称みたいだけどね。

米国での麻雀流行の理由

アメリカ人はエキゾチックな東洋から来るものに飢えていた。そして、バブコックの麻雀セットは人々を熱狂させた。

Americans were hungry for anything from the exotic East, and Babcock’s mah-jongg sets became all the rage.
The Seattle Times

なお、なぜ当時のアメリカで麻雀が流行ったかなんだけど、どうも当時の人は東洋の神秘に惹かれていたっていうのがあったらしい。その事実の傍証として、当時売っていた麻雀ルール解説本の表紙には、面白い表記がある:

1922年にアメリカで出版された麻雀の遊び方本の表紙の一部
Played by Confucius 2200 Years Ago 'How to Play Ma Jong,' published by Philip Naftaly in 1922

Played by Confucius 2200 Years Ago

なんと「孔子(Confucius)によって2200年前に麻雀は遊ばれていた」と主張しているんだ(笑)

現在有力な麻雀の誕生説は、1800年代中盤以降に完成したというものだから、そのいい加減さが窺えるね:

麻雀の歴史については議論があるが、ゲームの専門家は1800年代中盤または終盤に上海近くで考案されたことに大まかに合意する。

Although the history of mahjong is contested, game experts generally agree that it evolved near Shanghai in the mid- or late-1800s.
Stanford University

まあ、東洋の謎に飢えてる当時アメリカ人にとっては、「孔子」なんて文言があれば猫まっしぐらだったことは想像に難くない(笑) 当時から人々は誇大広告マーケティング戦略に騙されていたってことかな。

麻雀人気の度合い

なお、当時麻雀が米国でどのくらい流行したかなんだけど、

麻雀セットの売上は、1920年代の中国のアメリカへの輸出の6番手に食い込み、絶体絶命だった中国経済の後押しとなった。

Sales to the U.S. made mah-jongg sets the sixth-biggest export from China in the 1920s, providing a boost to a Chinese economy that was on the ropes.
The Seattle Times

とあることからも、すごい影響だったのが分かるよね。だって、米国向き言えども国全体の輸出で6番目だよ。それほど麻雀が人気になって馬鹿売れしたってこと。だから、今現在アメリカで下火になっているのが逆に信じられないくらい。

ちなみに、2019年の日本の輸出品目のトップはもちろん自動車だけど、6位は何か知ってますか? なんと「半導体等製造装置」なんだってさ。これで、当時の中国で輸出品としての麻雀セットが占めてたポジションの凄さが分かっていただけるかと思う。

ここまでくれば、冒頭に挙げた映画『スティング』に麻雀が出てくる理由は明らか。『スティング』の年代設定は・・・

映画『スティング』で、冒頭の年代のキャプション
The Sting[Credit: Universal Pictures]

1936年。麻雀がアメリカに入ってきてまだ十数年。そして彼らは詐欺師なんだから、麻雀ゲームをするのは全くおかしくないんだよね。時代考証が完璧。もしかしたら、フッカー達は麻雀でもイカサマしていたかもね?(笑)

麻雀牌の品質と中国経済

なお、当時の麻雀セットの品質と中国経済の関連について、上記記事の続きに面白い言及がありました:

当時の中国経済の(困窮の)実情は今日現存する当時の麻雀牌の品質の高さに反映されている。

That economic reality is reflected in the high quality of many of the sets that exist today
The Seattle Times

つまりはこういう事。当時の中国経済は「on the ropes(ロープに追い詰められ絶体絶命)」で、国内には仕事にあぶれる職人が多かった。そこに、アメリカから尋常でない量の麻雀セットの注文が入ったんだ。技術力のある職人の多くが我先に受注し、丹精込めて麻雀牌を作ったんだろうね。それが原因で、当時アメリカにもたらされた麻雀牌はびっくりするほど高品質だったという話。麻雀牌のクオリティーと中国経済が裏で関係してるなんて、かなり面白いよね。

熱狂するアメリカと複数の麻雀ルール

さて、アメリカでの麻雀の熱狂ぶりは当時の歌にも反映されているんだ。そんなナンバーの一つがOriginal Memphis Fiveの歌う『Since Ma is Playing Mah Jong』。「Ma」とは一見中国人の名前っぽいけど、英語ではmother, mamaの略語の「ma」。つまり「母さん」の意味だね。以下のYouTubeクリップがその楽曲。当時の実際の画像が出てくるので、曲なんかよりそっちを是非とも見て欲しい。プールで麻雀してるんですけど(笑)

落とし穴

ところで、上でバブコックのオヤジが麻雀セットを輸出し始めたと書いたけど、そんだけ売れるんだから、もちろん色んな人が麻雀ビジネスに参入したんだ。自由競争下では健全なる競争原理が働くってところかな。ただし、そこにアメリカでの麻雀の運命を決定づける大きな落とし穴があったわけだが・・・:

競合者達が麻雀市場になだれ込んだ時、各社は各々のルールを提供した。

When competitors jumped into the market, each provided its own set of rules.
The Seattle Times

そう、麻雀のルールが問題だったんだ。しかも、頗る付きで。

その当時、バブコックのおっさん以外にも、既に複数の麻雀牌の流通ルートがあって、アメリカ国内ではルールが微妙に違うという状況が生じ始めていた。上で述べたように、バブコックは独自にアメリカ人向け簡易版ルールブックを提供していたけど、他の競合他者がそのルールに乗っかる必然性はないんだ。というか、競合相手に乗っからず、オリジナルの中国ルールのままだったり、更に変化させたバリエーションだったり、を提供してプレイヤーを囲ったほうが短期的にはいいんだよね。独占できるから。そんな状況なもんだから、せっかく愛好家が麻雀パーラーに行っても、対面の相手は別のルールで麻雀をプレーしてるなんてことが起こったんだと思う。時にはルールの問題で取っ組み合いの喧嘩に発展したことがあったかもしれないね(笑)

アメリカでの麻雀ブームの没落

「それが問題だったのよ」スウェインは語る、「麻雀をどうやって遊ぶのか誰も同意できなくなったの」。その結果は混乱とアメリカでの麻雀人気の衰退だった。

“That was a problem,” Swain said. “Nobody could agree on how to play anymore.” The result was confusion, and a decline in the game’s U.S. popularity.
The Seattle Times

なんと、あれだけ大人気になったのに、アメリカでの麻雀ブームは一過性に終わるんだ。最初にルール(仕様)を統一しない問題で、人類は歴史上何度も痛い目にあってきてるんだけど、この「麻雀」でも全く同じことが起きたんだ(笑) 目先の小さい利益に目がくらみ、大魚を逃してしまったんだ。

なお、後日ルールの統一がなされるんだけど、2021年の現状を鑑みれば、時既に遅しだった感は否めないね。

麻雀を遊ぶ人々
Image by LazarCatt from Pixabay

麻雀に魅せられた2つのコミュニティー

ところで、麻雀がアメリカにもたらされた時に、ある2つのコミュニティーで特に熱烈に迎え入れられたんだ。それが中国系アメリカ人とユダヤ系アメリカ人コミュニティーだった。

中国系アメリカ人

中国系アメリカ人にとっては、自身のルーツが中国にあるんだから、麻雀を嗜むのは当然っちゃ当然かも知れない。牌に書いてある漢字だってそれほど苦にならなかっただろうしね。更には、

文化的に、麻雀は1920、30年代のチャイナタウンでは重要だった、というのも、他のアメリカ人達が彼らを「永遠なる外国人」と見なしていた時に、麻雀は彼らに文化的な結束をもたらしたからだ。

Culturally, mahjong was important in Chinatown in the 1920s and ’30s, as it gave Chinese Americans a cultural bond at a time when other many other Americans saw them as “perpetual foreigners.”
Stanford University

ということで、当時、麻雀が中国系コミュニティを一つにまとめあげるツールとして機能したんだ。だから、冒頭で紹介した『ブルックリン・ナイン-ナイン』のチャイナタウンでの麻雀パーラーの描写は理にかなっているんだね。すでにアメリカで生まれ育っている純粋中国系アメリカ人世代も引き続き麻雀を楽しんでいるってわけ。

ユダヤ系アメリカ人

そして、もう一方のユダヤ系コミュニティー。「ユダヤ」と「麻雀」の不思議な組み合わせは日本人の自分の目には非常に異質に映るんだけど、そこにも正統な理由はあったみたいだ:

第二次世界大戦中や後の数十年の間、麻雀がユダヤ系アメリカ人の間で重要なコミュニティー形成の基本になったことをハインツは発見した。戦後、一般家庭が混雑した都会から出ていくにつれ、郊外の新しい住宅地で彼らは孤独感に直面する。若いユダヤ人の母親達はしばしば「麻雀を新しいソーシャルネットワーク形成の手段としたのだ」とハインツは語った。

In the decades during and after World War II, Heinz found, mahjong became the basis of important community building among American Jewish women. As families moved away from crowded urban centers in the postwar years, they encountered feelings of isolation in new suburban areas. Young Jewish mothers often “turned to mahjong as a way of building new social networks,” Heinz said.
Stanford University

ということで、戦後、急激な人口増加で手狭となった都市から郊外へと引っ越していったユダヤ人一家の母親達は、ご近所さんとの交流のため麻雀コミュニケーション(マージャニケーション??(笑))をしたんだって。これが、上で紹介したYouTubeの楽曲クリップ(みんな見たよね?!)に母親がたくさん出てきた理由だね。そして、その多くはユダヤ系アメリカ人だったんだ。

だから、記事冒頭の『マーベラス・ミセス・メイゼル』では、ユダヤ人が集まる避暑地で麻雀をするのは至極当然だし(1958年という舞台設定も含め)、『となりのサインフェルド』のジョージはユダヤ系アメリカ人だから、年取った彼の母親(Ma)が麻雀をするのも普通。最後に『モダン・ファミリー』で老女グループが麻雀をするのも、この描写で彼女らがユダヤ系アメリカ人であることを視聴者に暗に示しているんだね。郊外に移り住んだ時に習い始めた麻雀を、年を取った今でも友達と卓を囲んで楽しんでいるんだ。

「ユダヤ人の母親=麻雀」のステレオタイプ

そしてここで重要な点が、上で見てきたように、アメリカで一般人の間での麻雀人気は落ちたんだけど、この2つのコミュニティーではなんとか生き残ったこと:

スウェインは言う「中国とユダヤ人の文化では、定期的に家族が寄り集まる、全世代よ。だから、すべての世代が一緒に麻雀を遊ぶ手段があったのよ」。

“in Chinese and in Jewish culture, people would be getting together as a family on a regular basis, all the generations, and so there were ways that all the generations could play the game together.”
The Seattle Times

2つのコミュニティーでは文化的背景として、家族間の結びつきが強かったことが麻雀にとって大いに幸いしたという話。日本で言えば、お正月に家族・親戚がみんな集まる時にカルタしたり百人一首したりする感じかな。それも、家族が一堂に会する機会が少なくなれば、次第に誰も遊ばなくなる。でも、この2つのコミュニティーでは家族が頻繁に集まるので、それ故麻雀は遊ばれ続け、その結果生き残ったってことだね。ま、新型コロナウィルスでは、この家族の結びつきが強いがため、逆にユダヤ系家庭で犠牲者が多く出たって話もあるんだけどね。

いずれにしても、そのため、ユダヤ系の母親が麻雀する光景は、アメリカではある種のステレオタイプとなってしまったみたいですね:

1960年代までに、麻雀はステレオタイプ化された – しばしば否定的に – ユダヤ系アメリカ人母によって遊ばれるものとして。「麻雀はそれ以外何もすることのない女性のシンボルとなったのよ」とハインツは語った「ポーカーはそれ以外何もすることのない男性のシンボルにはなっていないのに」も関わらず。

By the 1960s, mahjong became stereotyped – often negatively – as a game played by American Jewish mothers. “Mahjong became a symbol of women who had nothing better to do,” Heinz said, even though “poker hasn’t become a game for men who have nothing better to do.”
Stanford University

そこから2021年の現在に至るのです。

『フレンズ』のマージャン言及の意味

以上がアメリカでの麻雀の栄枯盛衰の簡単な歴史でした。

それでは、冒頭に述べた『フレンズ』のセリフの意味の答え合わせです。

場面の再掲です:

ロス: Little Ruthie Geller? How cute is that?
レイチェル: Oh, my God, I can practically hear the mahjong tiles.
『フレンズ』で、ロスが生まれてくる子供の名前をルースにしたいのに対しレイチェルは拒否
Friends [Credit: NBC]

ここでまず、ロス(男)がユダヤ系であるのがポイント。そして、レイチェル(女)はユダヤ系ではない。そのロスが生まれてくる我が子に「Ruth」と旧約聖書のヘブライ語由来の名前を付けたいのですから、レイチェルからすれば、それはユダヤユダヤしすぎなんですね。それで、ユダヤ系母親の麻雀ステレオタイプに引っ掛けて、嫌味で「麻雀牌の音が聞こえる」というわけでした(笑) そして、もちろん、そのステレオタイプを知っている観客は大爆笑の渦なのです。

なお、トリビアとして、「Ruth」の元々の意味は「友達(Friend)」なので、番組名『フレンズ』に掛かっているのが分かります。

最後に

今回は個人的に調べていて面白かったアメリカでのゲーム「麻雀」の栄光と没落の歴史を紐解いてみました。今現在、アメリカでの麻雀人気は低迷したままの状況。1920年代に起きた一時的流行(fad)レベルの熱狂が再び巻き起こるまで、麻雀牌🀄🀄🀄達は静かに時を待つ必要がありそうです。それでは〜