ウクライナ侵攻、おそロシア

前回のウクライナの首都の呼称ネタに多くのアクセスがあったので、調子に乗って時事ネタ第二弾。

今回は、「Ukraine(ウクライナ)」の英語名称に冠詞「the」が付くかどうか問題です。日本語だと「ウクライナ」なので関係ないですが(英語の発音はユークレインだけど)、英語名には色々歴史があるのです。

これも、ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、「the Ukraine」と書き込みがある度に指摘を受けている場面をかなり目撃しました。

冠詞は日本人が全く分からない世界です。ただご安心を。ウクライナの英語名称の歴史を知らないとこれは全く分からないです。

Redditでの「the Ukraine」とそれに対するツッコミ

以下、実際の「the Ukraine」に対するツッコミを見てみましょう。これを見れば、理由は分からなくても、the Ukraineと呼ぶのが相応しくないのが分かるはず:

-CNNで聞いたよ、プーチンは「the Ukraine」を転覆させ、彼らの指導者を追放しようとしてるって。

-「the Ukraine」じゃなく「Ukraine」と呼びなよ。前者はロシアの一部を意味するんだ。

-I heard on CNN, that Putin is intent on toppling the Ukraine and ousting their leadership.
-Call it Ukraine, not “the Ukraine.” The latter implies it’s part of Russia

-1938年にフランスとイギリスがしたように、僕らは「the Ukraine」を裏切ったんだ、彼らがチェコスロバキアにしたように。見てみろよ、それがどんな結果をもたらしたか。

-ちょっとした訂正だけど、「The Ukraine」はロシアが好む名前だよ。独立した国としては、単に「Ukraine」なんだ。

-Just like France and the UK did back in 1938, we betrayed the Ukraine like they did Czechoslovakia. Look where that lead us
-Just a minor correction that “The Ukraine” is the Russian-preferred name. As an independent country, it is simply “Ukraine”.

つまり、「The Ukraine」はロシア側の呼称なんですね。それで、住民からツッコミが入るという具合。これは、ウクライナの首都が「キエフ」か「キーフ」か問題と全く同じ状況です。主権自治のある独立してる国なんだから、それを尊重しましょうということ。

地図上でロシア軍がウクライナ・キエフに侵攻
Image by Joachim Schnürle from Pixabay

「the Ukraine」とtheが付くと何故いけないのか? ロシアとの歴史

それでは懸案の、そもそも何故the付きがいけないのかについて、Wikipediaの該当部分を引用してみましょう:

Etymology and orthography | Ukraine

20世紀の大半、ウクライナは英語が話される国々では「the Ukraine」と呼ばれた。これは単語「ukraina」が「国境」を意味し、それを「(ロシアの)国境地帯」と文字通り訳したからだ。(中略)ウクライナは1991年に独立を宣言したので、国名への冠詞の使用は稀になり、文章スタイルガイドでは使用しないよう忠告された。アメリカ大使のウィリアム・テイラーによれば、「今や、the Ukraineはウクライナの主権の無視を意味する」と述べている。ウクライナの公式な立場は、文法的にも政治的にも「the Ukraine」は正しくない、である。

During most of the 20th century, Ukraine was referred to in the English-speaking world with the definite article as “the Ukraine”. This is because the word “ukraina” means “borderland” and translates literally as “the borderlands”; … Since Ukraine’s declaration of independence in 1991, the use of the definite article in the name has become rarer and style guides advise against its use. According to US ambassador William Taylor, “the Ukraine” now implies disregard for Ukrainian sovereignty. The official Ukrainian position is that “the Ukraine” is incorrect, both grammatically and politically

つまり、簡単に言えば、単語「ukraina」は元々「国境」を意味しており、それに冠詞「the」を付けるとそれが具体化して「ロシアの国境」という意味になってしまうと言うからくりでした。なんと、英語ではtheだけで「ロシアの」のニュアンスが入ってくるんですね。それで、上で紹介したRedditではロシア云々言っていたわけです。

英語における冠詞「The」の役割

このウクライナの英語国名の話は、英文法における冠詞「the」の働きも明快に説明してくれていますね。

the無しだと「一般的な国境」の意味なんです。でもtheが付くと、途端に「どこどこの国境」と具体化される。そして当然それは、歴史上、文脈上、ロシアから見た国境のことなんですね。

だから「the Ukraine」だと、あたかも「ロシアの国境」と言ってるニュアンスなんです。

ウクライナの国旗の前でピース(平和)サイン
Image by David Peterson from Pixabay

アメリカの投資家に対する反応

それでは、最後にredditからもう一つ「the Ukraine」ネタを見てみましょう。

ゼレンスキー大統領がアメリカの議会で演説しましたが、その際スーツを着ていないのはけしからんと不満を述べた投資家に対するコメント。asshole呼ばわりです(笑) 戦争中なんだから想像力を働かせればスーツ無しはやむを得ないってこと。更には、この投資家のウクライナへの「the Ukraine」という呼び方も同時に非難されています。

"Doesn't Ukrainian President Own A Suit?" US Financier Blasted For Criticising Zelensky's Outfit

なんて馬鹿野郎なんだ。人はこんなにも現実世界から離れられるのか。(中略)しかも、彼はベビーブーム世代のように「the Ukraine」って言ってやがる。

What an asshole. How disconnected from reality can you be. …

Also. He said “the Ukraine” like the boomer he is.

ベビーブーム世代というところに、古い世代は「the Ukraine」という呼び方に慣れている状況が読み取れますね。

最後に

今回はウクライナの国の名前を英語で言う時に、何故「the」を付けるといけないのかを見てみました。結局は、the付きだとロシアの国境と言ってるニュアンスだからですね。独立してる国にそれはけしからんというわけ。

まあ、ネット上で国名の「Ukraine」を使う際は気をつけて下さい。それでは〜